水上恒司、朝ドラ『あんぱん』で描く“逆転しない正義”とは?

水上恒司、朝ドラ『あんぱん』で描く“逆転しない正義”とは? ドラマ情報

朝ドラというフォーマットに、こんなにも“沈黙の正義”を感じたのは初めてだったかもしれない。

2025年前期NHK連続テレビ小説『あんぱん』。主人公・朝田のぶの人生と、その周囲の人々の葛藤と成長を描いた本作のなかで、ひときわ異彩を放つ人物がいる。柳井嵩——彼は戦時下という理不尽な時代を生きながら、「何が正しいのか」を自分の言葉で語ることを選ばなかった。ただ、選択と行動で示した。

その柳井嵩を演じるのが、水上恒司。決して派手ではない。だけど、彼の目線一つ、ため息一つが、「ああ、この時代に生きるというのは、こういうことなんだ」と語りかけてくる。

この記事では、そんな水上恒司が体現した“逆転しない正義”について、ドラマの描写を辿りながら深掘りしていく。

水上恒司が演じる「柳井嵩」とは?

戦時下を生きる、理想と現実のはざまの青年

柳井嵩(やない・たかし)は、主人公・朝田のぶの幼なじみであり、のぶの人生に深く関わっていく存在だ。彼の立ち位置は、いわゆる“メインヒーロー”ではない。けれど、視聴者の多くが「彼の視点で物語を見ていた」と口を揃えるのは、その静かな眼差しと内に秘めた思索に理由がある。

物語の時代背景は戦争真っ只中。家族や友人を守りたいという思いと、国家に従わなければならない現実とのはざまで、柳井は常に葛藤している。彼が劇中で何度も口にする「俺には何もできない」という言葉の裏には、自分の弱さを受け入れたうえで、それでも何かを守ろうとする覚悟がにじむ。

モデルはやなせたかし?キャラに宿る思想

『あんぱん』は、アンパンマンの生みの親・やなせたかし氏の人生をモチーフにしている。やなせ氏が戦中・戦後に経験した「正しさが通用しない時代」の記憶は、柳井嵩というキャラクターにも色濃く投影されている。

やなせ氏が「正義の味方は、本当に正しいのか?」と自問したように、柳井嵩もまた、自分の信じる“やさしさ”や“助けたいという想い”を最後まで貫く。その姿は、暴力や権力で勝つ正義とは異なる、もうひとつの“ヒーロー像”を提示している。

“逆転しない正義”とは何か

朝ドラで描く「勝者のいない時代」

『あんぱん』の舞台は、国全体が戦争に巻き込まれていた時代。勝った者も、負けた者も、誰ひとりとして心からの幸福を感じられない——そんな空気が、作品全体に流れている。

柳井嵩の選ぶ行動は、劇的な「逆転」や「勝利」にはつながらない。彼が戦場から持ち帰るものは、名誉や称賛ではなく、深い後悔や静かな祈りだ。それでも彼が選ぶのは、“誰かのために何かをする”という、シンプルで、でも極めて難しい道。

このドラマでは、「何かに勝つこと」や「敵を倒すこと」が正義ではない。むしろ、「自分を貫くこと」や「誰かを思いやること」が、声にならないかたちで描かれる。それが“逆転しない正義”の本質だ。

柳井嵩の静かな抵抗とその意味

彼が声を荒げることはない。誰かを殴るシーンもない。けれど、あの時代の中で「違う」と思うことに目を背けず、日々の小さな選択に誠実であり続ける。

例えば、戦地に赴く直前、のぶに何も言えずただ立ち尽くすシーン。あの沈黙こそが、彼の「正しさ」の証明だった。反戦を叫ばなくても、愛する人の笑顔を守りたいという気持ちだけは、決して揺るがなかった。

そして、視聴者はその“静かな抵抗”に、強く心を揺さぶられるのだ。

水上恒司の演技がもたらすリアリティ

目線、間、呼吸で語る“信念”

水上恒司の演技は、「演じる」というより「存在する」に近い。柳井嵩という人物の内面を、台詞ではなく“沈黙”や“目線”で丁寧に表現している。

特に印象的なのは、のぶを見つめる時の目だ。言葉を選ぶように間を取って、呼吸を整えるようにゆっくりと話す。その一つ一つの所作に、彼がこの役をいかに誠実に演じているかが現れている。

戦争という極限状態のなかで、「叫ばずに語る」ことが、いかに困難で、いかに意味のあることか。それを水上恒司は、体現している。

SNSでも話題「彼がいるだけで泣ける」

放送開始以降、X(旧Twitter)をはじめとするSNSには、「水上恒司が出てくるだけで泣ける」「セリフなしで伝わる演技力がすごい」といった声が多く見られた。

ある視聴者は、「祖父の若い頃を見ているようだった」と投稿し、戦争を知らない世代にとっても、柳井嵩の姿がリアルに感じられることを示している。彼の演技がもたらすリアリティは、過去と今、そして未来をつなぐ“記憶のバトン”になっているのかもしれない。

まとめ:時代が変わっても“優しさは武器になる”

朝ドラ『あんぱん』が描いたのは、単なる戦時下の物語ではない。そこに描かれていたのは、「正しさとは何か」「愛とは何か」「生きるとは何か」という、時代を超えて問い続けられるテーマだった。

柳井嵩というキャラクターは、その問いに対して大きな声で答えを出さなかった。ただ、静かに行動した。泣くことも、祈ることも、選ぶことも、その全部が“正義”の形だった。

そして水上恒司という俳優が、その“語らない正義”を見事に演じ切ったことで、観る者の心に深く刻まれるキャラクターが誕生した。

勝たない、戦わない、叫ばない。それでも揺るがない——そんな“逆転しない正義”があることを、このドラマは私たちに教えてくれた。

時代が変わっても、“優しさは武器になる”。
それを信じられるようになるには、もう一度『あんぱん』の柳井嵩と出会ってみてほしい。

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