「このキャストの中に、ビートきよし?」
最初にその名前を見たとき、多くの人がそう思ったかもしれない。芸人として長いキャリアを持つ彼が、映画『サンセット・サンライズ』で果たす役割とは一体何なのか。答えは、想像以上に“物語の核心”に近い場所にあった。
『サンセット・サンライズ』は、都会から地方へ移住してきた主人公が、土地の人々との出会いやすれ違いを通して変わっていく、ヒューマン・コメディ。笑えるのに、なぜか泣けてくる。
そんな作品の中で、ビートきよし演じる“黒川重蔵”は、ただの“脇役”ではない。地元民の誰よりもこの町に詳しく、誰よりも人と人をつないでいく——まるで、映画の“血流”のような存在。
この記事では、そんな黒川重蔵というキャラクターがどんな人物なのか。そして、主演の菅田将暉や、井上真央、中村雅俊ら共演者たちと、どんな風に物語を紡いでいくのか。
撮影現場でのエピソードや、監督・岸善幸とのやりとりも交えながら、“俳優・ビートきよし”の新しい魅力を解き明かしていきたい。
ビートきよしが演じる「黒川重蔵」とは
物語の鍵を握る“町の情報通”
ビートきよしが演じるのは、南三陸の港町で暮らす黒川重蔵(くろかわ・じゅうぞう)という人物。見た目は口数少なそうな風貌だが、実は地元の事情にやたら詳しい“町の情報通”。
新しくやってきた主人公・西尾晋作(演:菅田将暉)にとって、町のルールや住人たちの距離感を知るうえで欠かせない存在となっていく。
ただの“お節介なオジサン”ではなく、その言葉の端々に滲む人生経験と哀愁が、作品にリアリティを与えている。話し方も、動きも、ごく自然。それでいて、確かな存在感を残す。まさに「名バイプレイヤー」と呼ぶにふさわしい演技が光っている。
主人公との関わりと役割
黒川は、都会から来たばかりの西尾に対し、ときに皮肉を交えながらも、何かと世話を焼く。
彼の視点は、「移住者」と「地元民」のあいだをつなぐ橋のような役割を果たしていて、一見すると厳しいが、実は誰よりも人情深いというギャップに心を掴まれる。
劇中では、ちょっとした一言が西尾の決断を後押ししたり、町全体を動かすきっかけになったりと、物語の流れを変える“触媒”のような存在として描かれている。
共演者との関係性と舞台裏エピソード
関野家とのつながりが物語を動かす
黒川重蔵は、地元に根を張る関野家——百香(演:井上真央)とその父・章男(演:中村雅俊)——との関係も深い人物。
特に百香とは、ただのご近所以上に「古くから見守ってきた存在」として、彼女の“幸せ”を誰よりも願うような距離感が印象的だ。
関野家が抱える葛藤や秘密に、黒川がどう絡んでくるのか。それは作品後半に向けて、大きな“感情の伏線”となっていく。決して前に出すぎないけれど、そこにいてくれて安心する人——黒川というキャラクターは、まさにそんな存在だ。
「モモちゃんの幸せを祈る会」との絡み
さらに見逃せないのが、町の独身男性たちによる謎の集団「モモちゃんの幸せを祈る会」との絡みだ。百香の恋を見守る(という名目の)この集団に対し、黒川は軽妙にツッコミを入れたり、煽ったりと、抜群のバランス感覚で立ち回る。
そのコミカルなやりとりが、作品全体に温かいユーモアを添えているのもポイントだ。
笑えるのに、どこか切なくて、最後にはじんわり胸が熱くなる。そんな空気感を支えているのも、黒川というキャラクターの“地元感”と“人間味”に他ならない。
撮影現場で見せたビートきよしの魅力
“目で語る演技”に込められたリアリティ
ビートきよしの演技が、特に注目を集めたのはその「目の芝居」。
実はこの黒川という役、セリフよりも視線や仕草で語るシーンが多く、情報量の少ない中で人物像を浮かび上がらせなければならなかった。
そこで監督・岸善幸は、ある演出を仕掛けた。
「口にスルメを咥えて演技してください」というものだ。
この演出によって、口を使った芝居が自然と抑えられ、表情や目線に重みが宿るようになった。
ビートきよしが見せた“静かなる存在感”は、まさにその効果のたまものと言える。
監督・岸善幸の演出術と信頼関係
『あゝ、荒野』や『前科者』などで知られる岸善幸監督は、俳優の「素」に近い部分を引き出すことに定評がある。
ビートきよしに対しても、派手な演技ではなく、日常の延長線にあるようなリアリズムを求めた。
結果として、ビートきよし=黒川重蔵というキャラクターが、“そこに本当に生きている”かのような厚みを持った存在に仕上がっている。
芸人としての表現力、人生経験の深み、そして演技に対する誠実さ。
そのすべてが、この作品で結実しているように感じられる。
『サンセット・サンライズ』が描く“つながり”
地方移住と再生のストーリー
『サンセット・サンライズ』の軸にあるのは、都会から地方へと移住した人間が、新しい土地で「もう一度、生き直す」というテーマ。
それはただのライフスタイルの変化ではなく、人間関係の再構築であり、心の傷を癒す過程でもある。
黒川重蔵というキャラクターは、まさにそのプロセスをそっと見守り、ときには背中を押す存在として物語に寄り添っている。
彼の言葉は、少ないけれど重い。その一言が、誰かの人生を変えるきっかけになる。
人と人をつなぐ存在としての黒川重蔵
町の若者と年配者、地元民と移住者、過去と現在——。
『サンセット・サンライズ』は、さまざまな立場の人たちをゆるやかにつなぎ直していく映画だ。
そしてその中心にいるのが、黒川重蔵という“媒介”のようなキャラクター。
派手なアクションや感動的なセリフがなくても、“ただそこにいる”ことで世界が回り出す。そんな人物像は、今の時代にこそ必要とされる“人のあり方”を示しているようにも思える。
まとめ:スクリーンでしか出会えないビートきよし
お笑いの世界で長年、毒舌と鋭いツッコミで活躍してきたビートきよし。
そんな彼が、『サンセット・サンライズ』という温かな物語の中で見せた表情は、これまでのイメージを静かに裏切るものだった。
演じたのは、地元を愛し、人を見守り、時に人生を変える“言葉”を持つ男・黒川重蔵。
彼の存在は、地方に生きる人々のリアリティを浮かび上がらせ、物語に深みと余韻を与えている。
この映画は、「田舎に移住してみたい人」だけでなく、人との距離感に悩んでいるすべての人に観てほしい作品だ。
そして、そこでしか見られない、俳優・ビートきよしの静かな名演に、ぜひ心を揺さぶられてほしい。
『サンセット・サンライズ』は、2025年1月17日公開。
スクリーンの中で、あなたを待っている。
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